石垣島のブルペンで精力的に投げ込んでいる

 「代われるものなら、代わりたいぐらいだよ」。大学時代の友人の何気ない一言が、田中英祐投手の脳裏にずっと残っていた。昨年末、京都大学野球部の同級生17人が集まった同窓会に出席した。それぞれが別の道へと進んでいる。大学院に進学をし、研究を続けている者。一流企業に就職をした者。それぞれが新たな舞台で挑戦をしていた。その中で、野球を続けているのは田中ただ一人。懐かしき友の研究室や仕事場での愚痴を聞いていると、ふと芽生える気持ちがあった。

 「やはり、みんなも心のどこかで大好きな野球を続けたかったという思いがあるのだと感じた。そういう意味ではプロ野球という世界にいる自分は、みんなからしてみれば、特別な場所で特別なことをしている。みんなが応援してくれているし、みんなが注目をしている。自分が頑張ることで、みんなも頑張れる部分もあるのかなと、ふと思いました」

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 京都大学初のプロ野球選手として騒がれたルーキーイヤーは、ほろ苦い思い出だけが残り、終わった。「こんなに悩んだことはなかったかもしれない」と振り返る1年目。多くのテレビカメラにその一挙一動を追いかけられ、いつしか自分のピッチングを失った。マウンドではとにかく力んだ。ボールが暴れる。2試合に登板して0勝1敗、防御率13・50。それが1年目の足跡だった。

 シーズンオフに入ると精力的に動く。シャドーピッチングを日課にし、フォームを徹底チェック。さまざまな人に教えを請うた。初めて迎える1月の自主トレを、どうしようかと考えた。一人で実家の近くで行おうかと考えていると、年下の田村龍弘捕手に諭された。「絶対に誰かと一緒にやった方がいいですよ。そっちの方が絶対に自分にプラスになりますから」。そうだよなと納得した。すぐに一人の先輩投手の顔が浮かんだ。マリーンズの左の貴重なセットアッパーとして3年連続で40試合以上投げている松永昂大投手に頭を下げた。黙々と自分の練習をこなしている姿に憧れがあった。実績ある投手の練習メニューは、やはりストイックだった。

 朝6時半にはグラウンドに到着して7時には走り込みが始まった。短距離から長距離まで午前中はひたすら走った。ピッチングは遠投が中心。90メートルの距離を投げ込むことで、本来の腕の振りを思い出した。先輩投手は、悩める右腕を思いやり、さりげないアドバイスを心がけてくれた。それは野球以外にも及んだ。「プロは食べるのもトレーニングだよ」。食が太い方ではなかったが朝食から、たらふく食べた。下半身を強化し、肉体的にも大きくなり、大胆な腕の振りを取り戻して、1月の自主トレを打ち上げた。

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 その翌日、帰京を前に田中は京都大学野球部のグラウンドに顔を出した。足を踏み入れたのは卒業式以来。4年間、汗を流してきた原点。名門私立校ひしめくリーグの中で、なんとか勝ちたいと仲間たちと野球をしていた場所。大学で研究をしながらも、その合間を縫って、この場所で鍛え上げてきた日々を思った。時には真っ暗の中、走った。その原点を探しに来たかのように、グラウンドに足を踏み入れた。変わらぬ景色がそこにはあった。忘れてはいけない初心がそこにはある。プロ入り志望届を出すかどうか悩んだ時、周囲からは「無謀」という声も聞こえた。たくさんの人にも相談をしたが最後は自分で決めた。困難な方の道をあえて選択した。

 「1球のボールに何万人の人が一喜一憂する。それは素晴らしいこと。僕も何万の人の心を一つのボールで感動させてみたいと思った。それが僕の原点」

 昨年のプロ入り初先発は4月29日のライオンズ戦。本拠地QVCマリンフィールドのスタンドは超満員に膨れ上がった。3回を投げて5失点で負け投手。それでも、その大声援と「英祐コール」に「マリーンズに入って良かった」と選択した道が正解だったと実感をした。大学時代に描いた大志。初登板で感じた大事な思い。それらを京都大学野球部のグラウンドで、過去の自分と向き合うことで再確認をしたかのようだった。

 「まずは1軍で1勝。そうしないと次には進めないし、先は見えてこない」

 青空の広がる石垣島キャンプ。田中英祐は精力的に体を動かしていた。ちょうど1年前、背番号「31」に集中をしていたマスコミの姿はその周辺には一切ない。だが、彼にとってそれはどうでもいいことなのだ。一歩一歩、前に進んでいることを実感しているように充実した表情を浮かべる。大事な原点に立ち戻った若者は2年目の今季、地道に確実に歴史的な一歩を踏み出そうとしている。

 (千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)

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