参加者が作った「海堡丼」=日本料理店「かん七」(富津市千種)

富津市の食材について知ってもらおうと、NPO法人「オール富津情報交流センター(アフィック)」などが22日、富津岬沖にある人工島の第一海堡(かいほう)、第二海堡の周辺でとれる新鮮な魚貝類を使った「海堡丼」作り体験を、日本料理店「かん七」(富津市千種)で行い、千葉県内外から17人が参加しました。

海堡丼に使った魚貝類は、バカガイ、イチゴガイ、ミルガイ、ニシガイ、タイラガイ、イカ、タコ、アナゴ、スズキ、カスゴダイの10種類。

かん七の板前により予め下ごしらえがされており、参加者は、鰹節と海苔をのせたご飯の上に盛り付け、飾り切りした蒲鉾やキュウリで彩りを添え、富津の海の幸に舌鼓を打ちました。

「かん七」の板前である前田さんの職人技を熱心に見つめる参加者たち

かん七の板前による飾り切りの作り方や、寿司の握り方などの指導もあり、参加した人たちの中には、卓越した職人技をじっくり見入る姿もありました。

海堡ってどんな島?

手前右の島が第一海堡、左奥の島が第二海堡=2月22日、富津岬から撮影

富津市の人工島である海堡とは、どのようないきさつで作られ、何に利用されたのでしょうか。

国土交通省関東地方整備局の東京湾口航路事務所ホームページには、以下の説明が書かれています。

 明治から大正にかけて、首都東京を防衛するために東京湾口部に海堡(かいほう)と 呼ばれる海上要塞が建設されました。海堡は、砲台を設置するために造られた人工島で、 千葉県富津岬側から神奈川県横須賀市側にかけて3つの海堡が建設されました。

 このうち、第三海堡は、完成から2年後に発生した関東大震災によって壊滅的な被害を 受け、ほとんどの構造物が海中に没し暗礁化して航路障害となっていたことから、船舶 航行の安全を確保するために、平成12年度から平成19年度にかけて撤去工事を実施しました。

食を通して海堡を知って

海堡について語る「かん七」オーナーの雨笠さん

かん七のオーナーである雨笠さんは、日本の首都を守った海堡を、食を通して後生に残したいと、自ら「海堡丼」と名付けました。

富津市商工会では毎年「海堡丼フェア」を開催しており、昨年10月で6回目となりました。参加した飲食店は、それぞれの店舗の特色をいかした調理法で、さまざまな海堡丼を提供しました。

雨笠さんは今後もPRを続けていきたいそうです。

主催したアフィックの稲村さんは「富津市の食のブランディングの一環で企画した。喜んでもらえて良かった」と話していました。

出来上がった「海堡丼」を披露する市原市から参加した豊崎さん

市原市から参加した豊崎さんは「うまっ!海堡丼を初めて食べました。勉強になった」、東京都渋谷区から参加した小林さんは「国を守るための島が漁場になったことは興味深い」と話しました。

関連リンク

関連する記事

<熊本地震>熊本日日新聞 災害報道まとめ【2】

14日夜に震度7を観測した熊本県内の地震で、現地新聞社「熊本日日新聞」のニュースサイト「くまにちコム」が配信…


   ちばとぴ!編集部チャンネル

関連するキーワード

ちばとぴ!編集部チャンネル

ちばとぴ!編集部の公式チャンネルです。千葉情報のまとめの他、編集部オリジナル記事、編集部からのお知らせなどを配信いたします!

当サイトの事務局的な動きもしております。

ランキング

人気のある記事ランキング

【カメラ部】投稿写真ギャラリー 2017ー18冬季(12〜2月)

毎月1名様限定、投稿写真をTシャツに特別加工してプレゼント!