カフェは文化の花開く場所。例えば、花の都パリのモンマルトルにはかの有名な「Le Dôme」というカフェがある。パリが芸術の都として栄えたのは上質なカフェがあったからこそと思う。ぼくの中では、上質なカフェは「まちのえき」なのだ。ひらがなにするのは、町・街・待ちと駅・益・役などの意味を含んでいるからなのだが。

 まちのえきでは、毎日楽しいドラマや新しい出会いが生まれてくる。珈琲は主役ではなくBGM。珈琲の醸すアロマや味わいが、人の思考を鎮静させ、脳の働きを明晰にさせる静かな脇役として存在しているのだ。語らいが盛り上がるのは、珈琲がゆったりとした心の開放感をもたらすからなのだ。そんな上質なカフェには、談笑を楽しむ人々が現れる。気のいい店主は、常連を楽しませようと、裏メニューなるものを作ってしまったりする。メニューにはない裏メニューには、店主のこだわりがあふれてしまう。今日もそんな裏メニューと粋な店主に出会うために、心のままに放浪に出ようと思う。

マスターのコレクションがいっぱいの店内

 国道127号線を南下して館山市内に入り、交差する128号線を鴨川方面に曲がったあたりに位置する「cafeレストラン末廣」。外観は鉢植えの植木に囲まれ、見事なまでに地味な田舎のレストランだ。しかし、扉を開けた瞬間、想像もできないような時空に投げ出されタイムスリップしてしまう。昭和レトロの輝かしいお宝が、この館山の田舎で光り輝き、圧倒的な存在感を放っている。我々世代にとってそこはまさに青春の時であり、このアナログな空間が落ち着くのだ。

 店内は静かなジャズが流れている。そして、悠久の時を刻む柱時計がボーンボーンと時を告げてくれる。「むむむむ、これはただ者ではない」と珈琲道一筋の血が一気に引いてめまいを覚えるのだった。

 アンティークグッズに囲まれ、少年の心に戻ったぼくを、仲睦まじい美人の奥様と気さくなマスターが笑顔で迎えてくれた。ひとりモンズのエドモンのぼくにはきびしい仕打ちだが、席に着いてメニューを開く。

 ここ末廣のマスターおやま氏のこだわりはサイフォン式珈琲だ。サイフォンは手間がかかり今はあまり普及してないが、当時は、最先端の珈琲抽出方式だったのだ。ドリップと違い、アルコールランプの炎に温められ、お湯が上がっていく様は神秘な感動さえ覚える。

さらに珈琲粉が混ざり合い、下がっていく様は官能さえおぼえるのだ。とってもロマンチックな時が流れるのだ。最高の雰囲気を醸し、珈琲道を極める者にとっては憧れの抽出方法だったのだ。マスターは48年前、初任給の9千円を銀座のデパートで巡りあった3500円のサイフォン器具につぎ込み、以来サイフォンの魅力にはまってしまったのだそうだ。給料の三分の一で購入したサイフォンで淹れる珈琲、さぞかし美味かったに違いない。

左)マスターこだわりのサイフォン式珈琲
中)年代物のノリタケ製カップ
右)真っ赤なスバル360

 淹れたてのサイフォン珈琲は、しっかりとしたボディ感があり、深いコクとアロマを奏でてくれる。カップも開店当時製造のノリタケ製というこだわりようだ。豆も大和屋(群馬県高崎市)の炭焼き珈琲を30年以上仕入れ、伝統の味を守っているのだ。 

左)一番人気のクリームコロッケ定食
右)幻のポルガライス

 メニューの一番人気は、クリームコロッケ定食。揚げたての真四角のコロッケは、サックリとろーり、クリーミーで香り高くホッペの緊張もほどける甘いスイーツではと思える逸品である。そうなれば、気になるのは裏メニューだ。

大分県から来店されたお客様のオーダーで作ったポルガライス。「ポルガライスってなんだ!」思わずマスターに食い下がってしまう。プリプリのエビを隠し味に使ったチキンライスの上にフワフワのオムレツ、さらに揚げたてのトンカツがその上に…。
仕上げに自家製ドミグラスソースをかけて出来上がりのまさに「オトナのためのお子様ランチ」。「忙しい時には出せませんが、これが昭和の贅沢なのです」とマスターが控えめに語ってくれる。締めは館山産イチゴのフレッシュジュース。上品な甘味と酸味が交錯し、絶妙な味わいだった。

 パイプを燻らせて、ゆらりと上る煙に窓からの西日が当たり、しばし時が止まる。マスター曰く「古い物も大切に、思いを込めて愛情込めて」と談笑。外に出ると夕焼けが空を染め、愛車の真っ赤なスバル360が輝いていた。

 徹底したマスターの人生哲学に脱帽。そして夫婦でカフェを営むってぼくにとっては永遠の課題なのではと悩む昨今。「時代に流されず、もっとシンプルに本物を見極めよう」とマスターが無言で伝えてくれていた。

つづく

文・写真:青山えどもんず
カフェ・えどもんず(富津市金谷)のマスター。父から珈琲道を学び、希少なブルーマウンテン珈琲の魅力を発信し、全国の珈琲党の聖地となっている。ある時は怪しい日本画コレクター、ある時は頼れるダディ、ある時はTVドラマ「ふるカフェ系ハルさんの休日 千葉・金谷」の主人公。上質の珈琲に魅力ある人々が集い、上質の文化が生まれると語る。

EDOMONS DATA

カテゴリー:昭和レトロのカフェレストラン(1972年3月創業)
店   名:cafe レストラン 末廣(すえひろ)
住   所:〒294-0014  千葉県館山市山本3番地
電   話:0470-22-8052
・水曜定休日 ・営業時間 11時~20時

この記事は、千葉県富津市金谷で営む古民家カフェ「cafe edmonds」のマスターの青山えどもんずが、房総のさまざまなカフェをめぐる放浪記です。
「<第2話>cafe レストラン 末廣 時間が止まる昭和のノスタルジックカフェ」は、2016年1月22日の千葉日報に掲載されました。

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千葉県富津市金谷で営む古民家カフェ「cafe edmonds」のマスターの青山えどもんずが、房総のさまざまなカフェをめぐる放浪記です。

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