別府温泉/上総掘りで温泉掘削が行われていた!@大分県別府市

井戸掘りと言えば寒風のなか、水辺で行う外仕事なのですが、年末なのでちょっとほっこり温まるネタを続けていきましょう。
前回の石油掘削の事例に続いては、上総掘りで掘られた温泉の話です。

別府では「1879(明治12)年4月に上総掘井戸屋を使い温泉を突く、別府温泉湯突きの元祖とす」という記録が残っています。その後、1896(明治29)年頃に上総掘りの技術体系が完成したと言われ、1911(明治44)年には当時の別府町だけで自然湧出泉17口に対し、掘さく泉は576口に達していました。(「別府市史より」)

ちなみに別府温泉の「湯の花」は、上総掘りと同期☆彡で国の重要無形民俗文化財に指定されています。

箱根温泉/ここも上総掘りで掘られていた!@神奈川県足柄下郡箱根町

上総掘りの文献の中では、「熱海温泉も上総掘りで掘られた」という記述がいくつか散見されますが、箱根温泉でも掘削の記録が残されています。「従来箱根山における温泉は、早川渓谷沿いの自噴源泉や、山腹など横穴を掘って採湯する横穴式源泉に求められていた。ところがこの年代になると地下を垂直に採掘する上総堀りという採掘方法がとられ始めた。この採掘法で湯脈を掘り当てれば大量の温泉が湧出することになり、箱根山の各地で上総掘りによる試掘が行われ始めた。大正初期には箱根全山で四〇か所(芦之湯・姥子を除く)に過ぎなかったといわれる箱根山の源泉が、昭和二年(一九二七)の「温泉台帳」によると九三か所に増え、この年代の試掘がいかに多かったかを物語っている。」

さらに、上総掘りからパーカッション式、回転式へと技術が進歩していく様子がこちらにまとめられています。

温泉で活躍した上総掘り

常日頃、帯水層に行きつくだけで精一杯な上総掘り技術伝承研究会としては、温泉だ油田だという話は夢のまた夢なのですが、技術的には上総掘りの原理を活かして機械掘りが進化していったことがよくわかります。

2回にわたってリンクを張らせていただき、千葉を離れ井戸以外のものを掘るのに活かされた上総掘りの歴史を紹介しました。
資源の少ない日本では貴重な油田、そして人々の心身を癒やしてくれる温泉。
その発展に貢献した技術の真髄に触れつつ、井戸の掘削に挑む日々は続いていくのです…。

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