オーナーの池田一夫・由美子夫妻

カフェは文化の花開く場所。例えば、花の都パリのモンマルトルにはかの有名な「Le Dôme」というカフェがある。パリが芸術の都として栄えたのは上質なカフェがあったからこそと思う。ぼくの中では、上質なカフェは「まちのえき」なのだ。ひらがなにするのは、町・街・待ちと駅・益・役などの意味を含んでいるからなのだが。

まちのえきでは、毎日楽しいドラマや新しい出会いが生まれてくる。珈琲は主役ではなくBGM。珈琲の醸すアロマや味わいが、人の思考を鎮静させ、脳の働きを明晰にさせる静かな脇役として存在しているのだ。語らいが盛り上がるのは、珈琲がゆったりとした心の開放感をもたらすからなのだ。今日も粋な店主に出会うために、心のままに放浪に出ようと思う。

和モダンの空間で地元食材を使ったお料理もゆっくりと楽しめる

新緑の大多喜街道を車で走っていた。まるで映画「卒業」のワンシーンのように。築150年の古民家がぼくを呼んでいるのだ。花嫁を奪いに行く無口なダスティン・ホフマンの心境で里山の魅力あふれる房総の奥座敷へと車を走らせていた。

道の駅「たけゆらの里おおたき」の向かいの道を曲がると小高い丘の上に「てぬぐい茶屋」が現れる。ふくろうの森に抱かれる古民家、それが「てぬぐい茶屋」。

古民家カフェを営むぼくにとって、古民家はお嫁さんのような存在なのだ。

中庭を通り抜け、玄関を開けると吹き抜けに雪国建築特有のどっしりと重厚感あふれる太い梁と柱が黒々と光り輝いていた。合掌館同様に、一目惚れしてしまう色気が漂っている。

オーナーの池田一夫・由美子夫妻にさっそくお話を伺う。

「24年前に新潟県の六日町からここへ移築したものなのです」「ここ大多喜に未完のままに移設された古民家を、カルチャースクールを始めたいという母のために購入したのです。母の夢はここを文化の里にすることでした。意思を継いで私たちがやれることは、カフェレストランぐらいでした」。

ご主人の一夫氏はデザイナーで、由美子夫人は調理師なのだから当然の帰結なのではないだろう
か。未完のまま移設された古民家をこつこつと思うままにリノベーションして24年。古民家が池田夫妻にそっと語りかけてくるという。一夫氏も応えるように古民家を生かすことに夢中になる。ある時「隣接する山を森に変えてちょうだい」と懇願されてふくろうの森を作ってしまった。

「てぬぐい茶屋」のネーミングは、一夫氏が手ぬぐいのデザインを手がけているところから。古
民家の味わいを最大限に生かした和モダンの追求にデザイナーの一夫氏は、決して妥協はしない。「てぬぐいも古民家も日本の伝統文化遺産です。この良さをもっとお客様に知っていただきたい」と語る。細部までこだわるインテリアは、ご覧の通り息を飲むほどに素敵なファインアートだ。店内では、一夫氏と奥様が選び抜いた手ぬぐいや陶器、竹漆塗り器なども販売している。

奥様の淹れる珈琲と手づくりのリンゴのパウンドケーキをいただきながら、愛する合掌館を思う。古民家に流れる時間の魔法を最大限に生かそうとする一夫氏の取り組みは、未完のサクラダファミリア建設に情熱を注いだアントニオ・ガウディを彷彿させる。お母さまへの想いが、美術館やドッグ・ランなどの建設に駆り立てるのだろう。

ぼくがこのカフェで心を打ったのは、奥様のひと言にある。

「少しでも主人の力になりたい」。

自然に語られたその言葉に、ぼくがぞっこんになるのは言うまでもない。

「弓強ければ矢走る」という格言があるが、日本女性の美しさとは、凜とした気丈さや細やかな気遣いなど、古民家や手ぬぐいの持つ美しさと重なるのだ。合掌館というグラマラスな弓が、ぼくを走らせてくれているからだ。

カフェは、その空間とお客様のコミュニケーションで成立するものなのだ。てぬぐい茶屋は、飽
くなき挑戦を続けている素晴らしいカフェだ。古さと新しさ、和と洋の融合、それは、見果てぬ夢を追うガウディのよう。

ぼくは夕空のふくろうの森で、切り株に腰かけた。古民家を見下ろしながらパイプに火をつけ、夫唱婦随でお母さまの意思を継ぎ、古民家再生を続ける池田夫妻の努力に感動していた。

EDOMONS DATA

カテゴリー:日本の伝統美を追求するカフェ
店  名:てぬぐい茶屋
住  所:夷隅郡大多喜町石神1312-1
電  話:0470-82-5057
営業時間:11:00~16:00(ディナーは要予約)
定休日:不定休

この記事は、千葉県富津市金谷で営む古民家カフェ「cafe edmonds」のマスターの青山えどもんずが、房総のさまざまなカフェをめぐる放浪記です。
「<第6話>カフェ てぬぐい茶屋 ガウディのロマンを感じる和モダンカフェ」は、2016年5月22日の千葉日報に掲載されました。

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千葉県富津市金谷で営む古民家カフェ「cafe edmonds」のマスターの青山えどもんずが、房総のさまざまなカフェをめぐる放浪記です。

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