鋸山の石切場について説明をする鈴木さん

富津市と鋸南町にまたがる鋸山の石切場跡を廻る「鋸山石切場跡視察ツアー」が20日に開催され、全国から集まった31人が参加しました。

鋸山の石切場跡や切り出された房州石の調査研究を進めている任意団体「金谷ストーンコミュニティ」が主催し、代表の鈴木裕士さんが案内をしました。

前日の19日には同団体主催の「第8回金谷石のまちシンポジウム」が開催されており、研究発表した宇都宮大学(栃木県)の研究者のほか、山形県や長崎県から訪れた石工職人らもこのツアーに参加しました。研究者が石の切り出された跡の解説に加わったり、「こりゃあ、すげえや」と石工職人が“仕事場”に感嘆する場面も見られました。

日本遺産目指す「鋸山」を紹介

文化庁認定の日本遺産を目指し、まちおこししたいと意気込む主催団体おすすめの歴史的な石切場や資料など、ツアーで廻った箇所を紹介しましょう。

コースを簡単に説明しますと、まずは鋸山ロープウェーの山頂駅に設置されている房州石の展示コーナーを見学します。その後、鋸山の一部を境内とする日本寺へ入り「地獄のぞき」や「百尺観音」のある石切場跡を見学、下山に向かいます。途中、石を下すためのケーブル跡のある石切場跡、石を運びおろした道「車力道」を通り、麓の金谷へ。約4時間半の行程です。

展示室に房州石の見本 鋸山ロープウェーの山頂駅

房州石について説明をする代表の鈴木さん

鋸山ロープウェーの山頂駅にある房州石の展示コーナーには、さまざまな規格に切り出された石が並べられ、当時使用された道具や衣類、房州石の使われた建造物の写真などの資料も展示されています。

鈴木さんが石の特徴や製品として石材の規格などについて説明をすると、熱心に質問を投げる参加者もいました。

鋸山ロープウェー山頂駅に展示された房州石

房州石は鋸山の火山灰などが堆積してできた凝灰岩で、耐火性があり加工がしやすい建築資材として、江戸時代から昭和にかけて鋸山から切り出され、東京や横浜などでも盛んに利用されましたが、1985年に採石が終了しました。

鈴木さんによると、房州石のなかでも「さくら目」と呼ばれるピンク色の部分のある石は、見た目が美しく粘り気があり耐久性に優れていることから、贅沢品として扱われて値段も高かったそうです。しかし徐々に採れる量が減り、薄くスライス状にして壁などの表面に貼るなど工夫がされるようになりました。

地獄のぞきも石切場 「久」は石屋のマーク

「久」のマークが彫られている地獄のぞき

一行は鋸山ロープウェー山頂駅から、観光客で賑わう日本寺境内の「地獄のぞき」へ。

「地獄のぞき」のせり出した形状やその周辺の断崖絶壁に見入る参加者たちに、鈴木さんは、「地獄のぞき」に石屋のマーク「久」の字が彫られていると説明をしました。

観光客でにぎわう「地獄のぞき」。せり出した部分は、かつて左の切り立った岩と繋がっていた

また、「地獄のぞき」の先に見える切り立った壁は、かつては上部が橋のように「地獄のぞき」と繋がっていたそうで、関東大震災で崩落してしまったのだとか。

百尺観音の横にも石屋のマーク

左)マークについて説明をする鈴木さん
右)八の字型の“やま”に「木」のマーク

日本寺の境内にある石壁に掘られた「百尺観音」の場所も、かつては石切場だったそうです。「百尺観音」の左側の壁には、八の字型の“やま”に「木」のマークが彫られていると鈴木さんが説明をすると、参加者たちはマークを探しだしました。

「百尺観音」はもともとは彩色されていたそうですが、長い年月の間に風雨にさらされ、石の地色が見えてしまっているそうです。

高低差96mや奥行き40mの石切場跡 石屋のマークもさまざま

「たわらや」の石切場は高低差96メートル

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