眉間に手術痕が残る。前を向いて飛躍を目指す

 バチンという音がした。ヘルメットは遠くに飛ばされ、顔からは大量の血が噴き出した。何重ものバスタオルが赤く染まった。救急車がグラウンド内まで入り、搬送された。昨年9月21日、ロッテ浦和球場でのイースタンリーグ・ライオンズ戦。肘井竜蔵捕手は顔面に死球を受けた。バントの構えから向かってくるボールを避けようとしたが避けきれず、地面に倒れた。病院に緊急搬送され、診断の結果は鼻骨と篩骨(しこつ)の骨折。絶対安静だった。味わったことがないような痛みと闘いながら1カ月近い入院生活を余儀なくされ、その間、2度の修復手術を行うなど、壮絶な時を過ごした。

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 「あの瞬間、何とか起き上がって一塁に行こうと思った。けれど、髪の毛を後ろから引っ張られるような感覚で地面から起き上がれなかった。周りの人たちが大騒ぎをしているのがボンヤリと見えて、ああ、これはダメだなあと思いました」

 昨年シーズン前に育成選手から支配下登録された。開幕は1軍に抜てきされ、2軍降格後もアピールを繰り返していた矢先に起こったアクシデントだった。肘井の希望に満ちた日々は一瞬にして暗転した。病院には実家のある兵庫県加東市から家族も駆け付けた。仕事を休み、父も付き添ってくれた。「オレはいつもプラス思考で生きてきた。息子のお前にも、その考え方は受け継がれている。プラスに考えよう」。尊敬する父が1週間以上、横で励まし続けた。その思いが肘井を前に向かせた。

 「1カ月、バットを振れなかった。でも、『焦らない』と自分に言い聞かせました。もう、シーズン中の復帰はどっちにしろダメ。こうなったら、ベットの上でじっくりといろいろなことを考えようと。自分の弱い部分を見つめ直すキッカケにしようと思いました」

 病室のベッドで、いろいろな映像を見た。自分の打撃映像。同じ左打者で今、プロ野球界を引っ張る西武・秋山、ソフトバンク・柳田の打撃映像集を入手して食い入るように見入った。時間を有効活用しようと必死だった。

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 月日は流れた。肘井は年明け早々に、ロッテ浦和球場に現れ、打ち込みの日々を開始している。今はあのアクシデントを前向きに振り返るまで回復した。退院後も10月下旬ぐらいまでは歩くのもフラフラするような状態だった。それでも11月には打ち始めると、遅れを取り戻そうとガムシャラな日々が始まった。激しい動きができない分、ウエートに力を入れた。広背筋、三頭筋などを鍛え、体はけが前よりも一回り大きくなった。

 「正直、まだグラウンドに行くとあの時のことを思い出して、『ウワッ』と思うことはあります。でも、それで負けたらもう終わり。克服しないといけない」

 顔には今も6カ所に整形用のプレートが埋め込まれている。顔の眉間には手術痕が残る。プレートを抜き取るための手術を再度行う選択肢もあった。より複雑だが、頭部にメスを入れることで、顔には傷が残らないように配慮をする方法もあった。しかし、肘井は家族と相談をして、一日でも早く復帰する選択肢を選んだ。父の言葉が心に残った。

 「その傷を見ると、苦しいことがあっても、頑張れるのではないかな。野球がやれている幸せを毎朝、鏡を見て、傷を見て感じることができる」

 プロとしての強い覚悟だった。支配下登録されて今年が2年目。少ないチャンスをモノにするためには、一日でも早くグラウンドに戻り、ベストの状態を首脳陣にアピールしないといけない。だから、プレートを取るための手術を行うのは引退してからと決めた。

 「別に私生活に影響があるわけではない。野球をやっている間は取るつもりはありません。傷も気になりません。父の言う通り。この傷を毎日見て、頑張ろうと思う」

 1月のロッテ浦和球場での自主トレ。今年5月1日で70歳を迎える池田重喜寮長兼打撃投手を相手に打席に立った。そのスイングの変化を池田寮長はすぐに感じ取った。今まで打撃練習の最初の数球は打ち損じてファウルになることが多かった肘井が1球目からジャストミートした。翌日以降、スイングはどんどん良くなった。「1球目から仕留めることができている。しっかりと準備をしてきた証だよ」と目を細める。困難を乗り越え、若者は大きく羽ばたこうとしている。まもなく春季キャンプが始まる。

 (千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)

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