11月のファン感謝デー、スタンドに手を振って別れを告げた今江

 誰もいないロッカールームに今江敏晃内野手の姿があった。FAで楽天イーグルス入りが決定。2日前に仙台での入団会見を終え、慣れ親しんだマリンの荷物整理を行っていた。空っぽになった自身の定位置をジッと眺めていた今江は、その後、時間をかけて雑巾でロッカーを磨きだした。丁寧に、思い出を振り返るように、細部まで全体を優しく拭いた。

 「14年間の思い出が詰まっているから。『ありがとう』という感謝の思いを伝えないとね。この場所で喜んだこともあったし、悔しがったこともあった。いろいろなことがあった。それらボクの気持ちの全部を優しく包み込んでくれたのがロッカーだと思う。だから、ちゃんとお礼をしなくちゃいけない」

 関係者から「手入れまでしなくていいよ」との声に、今江はそう答え、なおも磨く作業を続けた。

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 決めたのはFA宣言締め切り期限日の11月10日のことだった。前日の深夜まで悩み考え抜いて、新しい挑戦をすることを決めた。家族やチームメートですら、宣言をしないと思っていた中、深夜に決意した。その意志をまずは家族にハッキリと伝えた。自分が自身で厳しい道を歩む方を選んだ瞬間だった。

 2001年ドラフトの3位指名での入団。ここまで14年。順調にキャリアを重ね、マリーンズで不動の存在へと上り詰めた。2度の日本一ではいずれもMVPを獲得する快挙を成し遂げ、名実ともにミスターマリーンズになった。ただ、慣れ親しんだ環境の中でプレーをする幸せを感じながらも、野球人として、心の奥底で変化を必要としている自分の存在に気が付いていた。だから、あえて、真っ新な環境での挑戦を最後に選択した。

 「新しいところで新しいものを見て、新しくなにかを作りあげる。この歳になって全ての面において一から出直すのは正直、キツい部分はある。けど、だからこそ見えるものはある。成長できることがあると思う。何かが開けるのではと考えている。自分で選んだからには、やるしかない気持ちでいっぱいです」

 子供の時から誰よりも練習をした。つらいと思い、止めたくなる気持ちを踏ん張った。すると必ず、その先に成長があった。順風満帆で、何をやってもうまくいく時ではなく、荒波にもまれながらも、しっかりと前に進んでいった先にいつも成功があった。だから、この人生の選択で、あえて厳しいと思う方へと突き進むことにした。新しいチャレンジの中から、何かを見出したいと考えた。慣れ親しんだチームを離れ、これまで縁のなかった新しい地で一から立場を作り上げるのは容易なことでない。だからこそ、挑戦をする。口を開けて幸運を待つのではない。努力と行動こそが運を招くと今江は信じている。

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 FAを宣言する会見を行った時、ロッカールームには福浦和也内野手がいた。「寂しくなるなあ」。ポツリと言われた。その一言で、我慢していた思いがあふれ出た。ずっと一緒にプレーをし、兄貴分として慕った男の一言は重かった。会見で「チームメートから何か声をかけられましたか?」の質問に「ロッカーに福浦さんがいて…」。その後、言葉に詰まった。ポロポロと涙がこぼれ落ちた。

 「マリーンズはファミリーなんです。だから、やっぱり別れるのはつらい。05年の日本一の時に、優勝が決まって、グラウンドでみんなで写真撮影をした。ファンの方、選手、首脳陣、スタッフ、みんなが笑顔で写真を撮った日。あの時、肩を組みながら、『マリーンズって、ファミリーみたいだなあ。幸せだなあ』と思いました。後輩たちには、その伝統をしっかりと引き継いで頑張ってほしい。これからもファミリーのようなチームであってほしい」

 帰り際、14年間の思い出の一つ一つを振り返るようにゆっくりとした足取りで駐車場へと向かう廊下を歩き出した。後輩たちに見送られながら、QVCマリンフィールドを後にした。12月11日、今江は旅立った。あえて口にはしなかったが、マリーンズへの熱い思いを、次の世代に託した。東北で今江の新しい挑戦が始まる。きっと、その地で、また新しい大きな花を咲かすだろう。見ている人に夢と希望を与えてくれるようなきれいな花を咲かせるはずだ。

 (千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)

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