オーナーママの玉木節子さん

 カフェは文化の花開く場所。例えば、花の都パリのモンマルトルにはかの有名な「Le Dôme」というカフェがある。パリが芸術の都として栄えたのは上質なカフェがあったからこそと思う。ぼくの中では、上質なカフェは「まちのえき」なのだ。ひらがなにするのは、町・街・待ちと駅・益・役などの意味を含んでいるからなのだが。
 まちのえきでは、毎日楽しいドラマや新しい出会いが生まれてくる。珈琲は主役ではなくBGM。珈琲の醸すアロマや味わいが、人の思考を鎮静させ、脳の働きを明晰にさせる静かな脇役として存在するのだ。そして語らいが盛り上がるのは、珈琲がゆったりとした心の開放感をもたらすからなのだ。今日も粋な店主に出会うために、心のままに放浪に出ようと思う。

夕陽の絶景が楽しめる(写真左)と、美味しくなーれ珈琲と味わいのあるカップ(写真右)

残夏の浜金谷は、眩しいほどの青空でも去りゆく夏を惜しむように哀愁が漂っている。合掌館の薄暗がりの静寂の中、ひとり焙煎に集中していると、その珈琲フレグランスに誘われるように遠い日の記憶がぽつりぽつり花開く。上質の豆が忘れかけた記憶を覚醒させてくれるのだ。そう、その日は、初恋の女性について思い出させてくれた。

ぼくらの世代では、圧倒的な人気だった女優の吉永小百合さんに、物心が芽生えたころから惹かれていたのだ。気付くと焙煎をしながら、「いつでも夢を」を口ずさんでいたりするのだ。「テレビに映ると釘づけだったのよ」と姉からも聞いた覚えがある。そういえば鋸山の麓にある「岬のカフェ」は、小百合さんが主演した「ふしぎな岬の物語」の舞台になったカフェだったはず。

思い立ったら即突撃のぼくは、カフェ前の国道127号線を保田に向かい、てくてく歩いていたのだった。歩いて行ける「かふぇ放浪記」も、たまには楽しいもの。小説の舞台になり、映画化され、今でこそ有名だが、ぼくが若かりし日に家族で訪れたこの岬に、この店はすでにあったのだから、もう何十年ここにあるのだろうか。南房総のカフェ文化の先駆け的な存在なのだ。潮の香を感じながら思い出がどんどん膨らんでゆく。

昔と建物は変わったが、イメージは当時のまま。早々、映画でも有名になったママの「美味しくなーれ珈琲」を注文。オーナーの玉木節子ママの「魔法をかけるの。美味しくなーれ、美味しくなーれ」のささやき。

昔のままに笑顔で淹れる珈琲を飲みながら、吉永小百合さんの事やロケの話をきく。小百合さんが座った席に腰掛け、美味しくなーれ珈琲を味わう至福。珈琲の味は、豆と焙煎と抽出条件で決まると言われるが、バリスタの感性も重要な条件になる。

お客様の話に耳を傾け、真摯に応えてくれるママの姿勢は、カフェの大切な要素なのだと気づかせてくれる。節子ママの魔法は、人生経験が生み出す愛というコクが珈琲に加わるのだ。

吉永さんが座った席に、間接的にお尻を接触させられると思うだけで単純なぼくは喜びがこみ上げてしまう。

このカウンター席は、まるで巨大なスクリーンのように海の自然を映し出してくれる。人はなぜか昇る朝陽に涙し、沈む夕陽に安堵するという。対岸のはるかな地平線に沈む夕陽は、あらゆることを包み込んでくれるかのような包容力がある。広大な地平の広がる海原に沈む夕陽は、世界でも屈指の絶景ではとさえ思う。

素朴な温もりの店(写真左)

ぼくは、おもむろに吉永さんの腰掛けた椅子に腰掛ける。このカウンター席の窓から吉永さんが見た同じ景色を見ているだけで、全身が熱くたぎるのを感じていた。

節子ママが淹れてくれた美味しくなーれ珈琲にも夕陽が映り、ママの優しさいっぱいの珈琲が、家族と訪れた時間を想い出させてくれた。思いを込めて、珈琲を淹れることで珈琲の味が変わることを教えてくれる節子ママに感謝。

合掌館で、ぼくはその教えをこれからも生かしていきたいと思っている。鋸山のふもとをシアトルのようなカフェの街にしたいという話にママも目を細め、喜んでくれる。

映画のワンシーンに自分が入ってしまったかのように節子ママが吉永小百合さんに見えてドキドキ。

鋸山のふもとのカフェ文化の原点が、合掌館のすぐ隣にある不思議にも感謝しながら、ママと沈む夕陽を見つめ「いつでも夢を」を心の中でデュエットしていた。ここだけの話、ぼくの飲んだコーヒーカップは、吉永さんが使ったものだそう、ダバダァ〜。

EDOMONS DATA

カテゴリー:房総のカフェ文化を築いた老舗カフェ
店  名:cafe 岬
住  所:千葉県安房郡鋸南町元名1
電  話:0439-69-2109
営業時間:10時~日没まで
定休日:年中無休

この記事は、千葉県富津市金谷で営む古民家カフェ「cafe edmonds」のマスターの青山えどもんずが、房総のさまざまなカフェをめぐる放浪記です。
「<第9話>cafe・岬 魔法が幸福へ誘うサユリストの聖地」は、2016年8月22日の千葉日報に掲載されました。

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