その1・徳蔵寺から再び久留里街道(国道410号線)に戻り、南東へと車を走らせると、君津青葉高校の手前、住所で言うと青柳、地図上では左側に2つの池に挟まれた小道と階段の奥に「大日堂不動院」と記されています。
目印は道路の際に立っている「生きた水の里 久留里」と書かれた茶色い立て札。ちょうど「ここから久留里の街ですよ」と、来訪者に知らせているかのよう。

11年前に一度来たっきりでしたが、予想外に記憶は定かでした!
迷わずに車を停め、階段を上っていくと、大日堂不動院の本堂にたどり着く前に、左右の繁みに細いせせらぎがあるのですが、その端に、いました! 
ウォーター・ドラゴン、竜が剣に巻き付いた姿をくっきり深々と彫られた石像が、苔むしながら静かに鎮座し、こちらを睨んでいました。

『倶利迦羅不動 「水神」 青柳不動院・光背形

元禄三年 久留里中町 午五月廿八日 小熊市兵衛

不動は密教の五大明王の一体(いたい)で、心悪しき者を教化するため大日如来が怒りの相に身を変えた姿であるとされ、我が国では特に武士の信仰が厚い。右手に降魔の利剣を持ち、左手に衆生摂取の象徴である羂系を持ち、背に負う大火焔は一切の煩悩を焼き尽くす大慈悲の徳をあらわす。
不動明王は現世に利福をもとめる武士たちに多く信仰されたので、梵字彫りでもそうであるが、刀剣彫物の中では抜きん出て多く見られる。剣に巻き付き剣先を呑み込もうとしている龍の意匠を倶利迦羅と称すが、これも不動明王の変体である。』

元禄三年と言えば、西暦では1690年。江戸幕府では5代将軍・徳川綱吉の時代です。
君津市の久留里城址資料館に残る資料は以下の通りです。
『道端に祭られた石仏や道しるべ。こうした石造物は市内で二千点ほど確認されていて、地域の歴史や精神文化に触れる身近な機会といえます。
 今回ご紹介するのは不動明王の化身、竜が剣に巻きついた姿の「倶利伽羅不動」です。
 源平の合戦で有名な北陸の倶利伽羅峠の例をはじめ、全国に倶利伽羅不動がありますが、共通している条件は、「水」。修行の滝や水源にまつられ、雨乞いなどとも関わりがあり、湧水や滝などに自然への畏敬を感じた先人の思いが伝わってきます。
 市内でも4カ所で確認されていて、元禄3年(1690)青柳不動院の像が最古の例です。(中略)
 千葉県立中央博物館には、(寺沢不動谷の像、享保十八丑年)の複製品が展示され、県内の水への信仰を示す代表例として紹介されています。』

久留里街道沿いにある池(湿地)には、大きなアオサギが佇んでいました。
剣を飲み込もうとする竜王。立派な角と髭、右手には玉(ぎょく)を握りしめ、鱗もくっきりと浮き彫りにされている威厳ある姿。
水の信仰という形で残る地域の歴史に感慨を覚えつつ、井戸巡り報告はその3・円覚寺の最深自噴井戸へと続きます!

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