「30」のユニホームで、投球練習する大嶺祐

 堂々と力強くストレートを投げ込んだ。大嶺祐太投手が石垣島キャンプのブルペンで存在感を見せている。プロ11年目。背番号は「1」から「11」。そして「30」へと2回目の変更を行った。心機一転して挑む新たなシーズン。今季に懸ける強い決意がみなぎっている。

 「背番号の変更に関しては、いい意味でとらえています。30という番号は気に入っています」

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 飛躍の年とすべく挑んだ昨シーズンだったが、わずか1勝と苦汁をなめた。オフに入ると、自己改革を行った。自分の投球を見つめ直し、ストレートの威力を意識するフォームづくりに取り組んだ。そんな矢先に球団から背番号変更を打診された。だから、すぐに提案を受け入れることができた。そしてこれまで9年間、この背番号を着けていた先輩に電話を入れた。

 「伊藤さんの番号をいただけることになりました。来年から背番号30を着けさせてもらうことになりました」

 神妙な声で切り出した。電話の相手は伊藤義弘氏。中継ぎで通算257試合に登板をした剛腕だったが、昨シーズン限りで戦力構想から外れ退団。その後、引退をしていた。六つ年上の先輩は優しく語りかけてくれた。

 「きっと大丈夫だよ。この番号を着けたオレも、その前にこの番号を着けていた小林雅英さんも日本シリーズで胴上げ投手になっている。(大嶺)祐太もきっといい結果を残せる。そしてまた、マリーンズを優勝に導いて胴上げ投手になってよ」

 電話口から聞こえたメッセージが、心に響いた。なによりもうれしい励ましの言葉だった。伊藤は2010年、ドラゴンズと激闘を繰り広げたナゴヤドームでの日本シリーズで最後のマウンドに立ち、日本一を決める胴上げ投手になった。それ以前、背番号「30」を着けていた小林雅英投手(現1軍投手コーチ)は05年、甲子園球場で最後を託され、タイガース打線を封じ込み、両手を突き上げ歓喜の輪の中心にいた。どちらの光景も大嶺祐はよく覚えている。そして、偉大な先輩たちの背番号を託された強い使命を感じた。

 「この背番号の偉大さを感じました。その言葉が忘れられませんし、この番号を背負ってこられた先輩方のために頑張らないといけないなあと思いました」

 小林雅英投手コーチからもLINEが届いた。「30という番号を汚さないように頑張ってください」。コーチは独特の言い回しで叱咤(しった)激励をしてくれた。「30」という番号に誇りを持ち、必死に投げた歴戦の先輩方の日々が新たに自分に託された。思いを受け継ぎ、番号に恥じないピッチングを見せる。そう心に誓った。

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 「去年はストレートが全然ダメだった。だからずっと強いストレートを投げるフォームを探していました。今は、いろいろと考えた中でそれを投げることができている。昨シーズン中の自分とは全然違う。話にならないぐらいの差を感じる球を投げることができています」

 通常はノースローで調整をする昨年12月も寒風吹き荒れるロッテ浦和球場のブルペンで必死に投げ込んだ。投げながら何度も先輩たちからの言葉を反すうした。そして自身が日本一を決めるマウンドに立つ姿を想像した。すると不思議と寒さを感じることはなかった。強い手応えをつかんで石垣島でチームに合流した。

 大きな励みがある。昨年12月、侍ジャパンU-12代表がアジア選手権で優勝をした。知人から「メンバーの中に沖縄の子たちが何人もいる」と聞かされた。そしてそのうちの一人が自身の出身地である石垣島の小学校に通っていると教えてくれた。

 「すごいことだと思う。島の野球人口が減ってきていることもあったので、とてもうれしいニュース。勇気が湧きました。刺激になりました」

 雲一つない青空の下、大嶺祐は汗を流す日々を送っている。「今年は覚悟を持ってキャンプインから一年間、取り組んでいきたい。覚悟を持って、シーズンを戦いたい」。新しい背番号に袖を通したキャンプ初日。背中に先輩たちの熱い思いを感じた。チームの優勝、そして日本一に貢献するピッチングをみせる。背中からは強い決意を感じる。新たに「30」を背負う男は、偉大な先輩たちから託された思いを胸にマウンドに上がる。

 (千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)

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