極美本、未裁断、署名入り… 【「晩年」徹底解剖! 秀明大の文学展がすごかった】<下>
11月7、8日に秀明大学で開かれた太宰治展を2回にわたりレポートします。第2回は展示内容をご紹介。
驚くべき充実のコレクション
ファン垂涎の内容だった今回の太宰治展。展示された数々の一級史料が、すべて日本近代文学初版本の収集家であり研究家である秀明大・川島幸希学長の個人所蔵というから驚きです。
展示ケース内にさりげなく並べられている砂子屋書房の「晩年」初版本にしても、目玉の極美品から、装丁比較のためにプルースト本と並べて展示したもの、製本を説明するために立てて展示したもの、著者写真のページだけを開いて展示したもの、友人らへ寄贈した言葉(識語)入りのものなど、何冊もの「晩年」初版本を所有していなければ、今回の展示は不可能なのです。
それが個人のコレクションの中で実現できてしまうなんて、質、量ともに目を見張るものがあります。
「谷崎潤一郎『刺青』、芥川龍之介『羅生門』、梶井基次郎『檸檬』など、処女出版本には名短編小説集が多いが、『晩年』は作品の完成度や造本の素晴らしさなどにおいて、それらに決して勝るとも劣らない。(略)まさに日本近代文学史上に燦然と輝く名著である」と、その文学的価値を強調する川島氏。
連載第2回は、「晩年」を徹底解剖する愛に満ちた展示内容をご紹介します。
尾崎一雄秘蔵の極美本
「初版500部刊行の『晩年』が、何部現存するのかは不詳なるも、戦火を免れ帯付完本で残っている本が稀覯であるのは疑う余地もない。中でも、本書は恐らく最善本であろう」
川島氏は展示説明の中でそう語っています。
上に言う「本書」は、太宰の友人の尾崎一雄が所有していた極美本(極めて良い状態で保存されていた本)を指します。
尾崎一雄は、作家であると同時に本のコレクターだったそうです。「晩年」も、太宰から寄贈を受けた署名本以外に、もう1冊こっそり所有。それが今回展示された極美本です。
神奈川近代文学館「尾崎一雄文庫」にある太宰の署名入り「晩年」は、繰り返しまれたせいか状態があまり良くないそう。
一方で、保存用だったこの秘蔵本は、出版当時の保護用パラフィン紙も付いていて、極上のコンディションだと言います。
アンカットのフランス装
砂子屋書房の「晩年」初版本は、ページを裁断していない「フランス装」(※本来は購入者が表紙を付けて装丁する仮綴じ装本を指すそう)で作られています。
つまり購入者は、ペーパーナイフなどで未裁断の部分を自分でカットして「晩年」を読んだわけです。現代の我々からすると、この製本のあり方自体、興味深いですね。
未裁断のところは製本上の理由で2種類あるそうです。一つは本文用紙の上の部分(天)と開く部分(小口)、もう一つは天のみがアンカットのもの。
「晩年」の未裁断本は当然稀少。今回の文学展では、尾崎一雄宛、新居格宛、山崎剛平宛の3冊の献呈本が展示されています。
また、「晩年」は乱丁本が多く、そのほとんどは81~88ページと89~96ページの二連が乱丁となっているそうです。
装丁はプルーストの訳本を真似た
太宰は『晩年』の装丁についてこだわりを示しました。
砂子屋書房の山崎剛平らに、淀野隆三・佐藤正彰共訳『マルセル・プルウスト全集 失ひし時を索めて第一巻 スワン家の方』(昭和6年7月・武蔵野書院)を渡し、同じ体裁で作るよう求めたのです。
山崎らはこれを承諾。川島氏は「『遺書代わりの本だから、本人の好きなように仕上げてあげよう』という思いが山崎らにあったのであろう」としています。
その後、他の出版社から刊行された「晩年」の装丁はさまざま。処女出版本の砂子屋書房版は、装丁から作家本人の強い思いが込められた工芸的価値も高い作品なのです。
全初版本を手に取って鑑賞
「彼の文学の魅力を初版本というオリジナルで味わっていただきたい」と川島氏。展示順路の最後には、「晩年」も含めた太宰の全初版本を手に取って鑑賞できるコーナーがあり人気を集めました。
川島氏所有の「人間失格」初版本30冊を、応募者の中からプレゼントする企画もありましたが、展示に興奮した編集部はついつい応募を忘れて帰ってしまいました…。
(文・写真 荒牧航)
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「晩年」は初版本のみ写真が挿入され、再版本以降には入っていないという。太宰自ら「自分ながら少し、気味が悪い。爬虫類の感じですね」(「小さなアルバム」)と語る、この薄ぼけた写真。遺影の意味合いもあったのかもしれない。撮影場所は船橋とみられるが、具体的な場所は諸説ある=展示から(編集部撮影)